源頼朝と北条政子 縁結び神社
国道から伊豆山神社へと続く837段の石段の参道は、伊豆山の情緒を精一杯道行く人に伝えます。
伊豆山の町並みを見下ろすかのように佇む伊豆山神社。
かつては修験道の霊場として栄え、さらに頼朝と政子のロマンスでも有名です。
この「伊豆山神社」は、頼朝と政子が忍び逢い結ばれたことから縁結びの神社としても多くの参拝者を集めています。
頼朝が鎌倉幕府を開いた後にも、伊豆山神社は源頼朝と北条政子に崇拝されました。
僧兵3800人を有し、絶大な勢力を誇りました。
江戸時代には伊豆大権現と呼ばれ、徳川家康も参拝に訪れています。
源頼朝と北条政子の恋物語
鎌倉の尼将軍と名をはせた北条政子は、伊豆韮山の小豪族の娘。
伊豆韮山の蛭ヶ小島に島流しにあった源頼朝と恋に落ち、お互いが結ばれることを望みました。
しかし、政子の父、北条時政はこの結婚に大反対。
平家全盛期の折、源氏の流人頼朝の全前途は絶望的であり、また、源氏との縁組は北条家にとって命取りになると考えたからです。
時政は、政子を伊豆国の目代山木半官平兼隆に嫁がせることを決めてしまったのでした。
婚礼の夜、政子は宴席を抜け出し、日金七理の山路を超えて、伊豆山へ逃れ、足川の地に隠れ住みました。
そして阿闍梨覚淵の坊にいた頼朝は部下の知らせを受け、政子と劇的な対面をしたのでした。
その時、二人が出会った場所が逢初橋の上といわれています。
伊豆山は、ひたむきな愛を育んだ頼朝と政子の歴史ロマンの地なのです。
源頼朝と伊豆山走湯権現 「伊豆山神社」
平治の乱に敗死した源義朝の息子、源頼朝が伊豆韮山にある「蛭ヶ小島」に流されました。
幼少期より20年間、一番感受性の強い時期を流人として伊豆の大自然の中で過ごしたのです。
しばらくして、伊豆山走湯権現(いずさんそうとうごんげん)の別当密厳院(みつごんいん)の僧、阿闍梨覚淵(あじゃりかくえん)に師事するようになりました。
当時、走湯の神威と衆徒の勢力は絶大で、治承4年(1180年)その力をかりて源氏再興の旗揚げをしました。
建久3年(1192年)、鎌倉幕府ができた後も頼朝の崇敬は厚く、様々な寄進をする一方で、伊豆山権現と箱根権現を巡る二所詣を行いました。
頼朝は4回、政子は2回、実朝は実に8回もの詣をおこなったと吾妻鏡に記されています。
国道135号泉の逢初橋
般若院下にあった太鼓橋
頼朝と政子が出会った橋と云われています
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~頼朝と政子と伊豆山~
源頼朝、北条政子と伊豆山は歴史的なかかわりがあります。
源頼朝が源氏の再興を祈願した伊豆山神社。
頼朝と政子が出会ったといわれる太鼓橋。
伊豆山を訪れた際には、ほんの少しだけ、昔を想像してみてくださいませ。
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